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雲松院 [ぶらり・・・]

桜が開花しましたね。
 でもブログ記事は、2月の梅の季節です。。

ご近所お寺に、自転車でぶらり・・・シリーズ。。。(シリーズにしちゃった[がく~(落胆した顔)]


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臥龍山雲松院
  ・2月21日(日)に、訪れました。

 横浜駅からバスで帰るとき車窓から見え、チョット気になっていたお寺です。

   


 少し奥に進んでいくと・・・(奥の突き当たりが雲松院)

 「不許葷酒入山門」の石柱(左側)
  ※不許葷酒入山門とは、
   臭気の強い野菜は他人を苦しめるとともに自分の修行を妨げ、酒は心を乱すので、
   これを口にしたものは清浄な寺内にはいることを許さないということ。

   

  ※辛味や臭味のある野菜と酒。葷は五葷、五辛(ごしん)ともいい、ニラ、ネギ、ニンニク、ラッキョウ、ショウガの類。
   その臭気や、それを食べることによって生ずる色欲や怒りの心を避けるため、仏教では食べることが禁じられた。
   中国、日本では鳥獣魚肉などをも意味する。
   酒は他を乱し自分の心を見失わせるので、病気などのほかは修行者が飲むことは禁止された。
   禅院や律院では、山門の前に「不許葷酒入山門」(葷酒山門に入るを許さず)の石碑(戒壇石、禁牌石、結界石ともいう)を建てて、
   僧侶が葷酒を食するのを戒める。
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 その右側には稲荷神社が・・・眺めただけ。。

   



 「臥龍山雲松院
  入り口の門(臥龍山)・・・通用門です。

   



 入り口手前、その右側には、「雲松院」解説のプレートが・・・

    (※画像クリックで別窓拡大)
   画像クリックで拡大

   ※雲松院は、小机城(史跡指定)の城主であった小田原北条家の家老笠原越前守信為によって、
    主君北条早雲と亡父能登守信隆の菩提を弔うために、大永5年(1525年)に建立。
     (今から500年ほど前:室町時代?)



 左側に進んで行くと山門がありましたが、ここからは入れません。

   



 先ほどの通用門(臥龍山)から入ります。
  左側(山門方面)に進んでいきます。

   



 鐘楼と白梅。

   



   



 先ほどの入れなかった山門の裏側です。

   


 正面側に回ります。


  「」の彫刻

   



 お馴染みの彫刻の獅子ですが、
  これ!!「木鼻」と言うんですね。

   
    ※木鼻とは・・
      柱を貫通する【頭貫(かしらぬき)】・【肘木(ひじき)】・【虹梁(こうりょう)】の柱から突き出た部分の名称。
     名称の由来は、「木の端→木端」から漢字が変わり「木鼻」と呼ばれるようになった。
     江戸時代以降、装飾目的が強くなるにつれ、頭貫や肘木、虹梁とは分けて、独立した部品とすることが主流。



 山門の左側に石仏が並んでます。

   


   



 山門から本堂を・・・

   



 本堂前の左側に・・・

          


 ご詠歌[るんるん]が流れてます。


 本堂上の「雲松院」

   



 「枝垂れ梅」
  余り花がついてません。
   つぼみもあるので、チョット早かったようです。。

   



   



 帰ります。。

   




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 (Map:雲松院)・・濱男 アイコンclickでGoogleMap
   
clickでGoogleMap:雲松院





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